• Geminiのロゴを消しても、見えない透かしは無効にならない

    Geminiのロゴを消しても、見えない透かしは無効にならない

    Geminiで生成した画像や動画に付く、目に見えるウォーターマークを消せるようになった。

    画像の右下などに入るGeminiの印が気になっていた人には、かなり嬉しい変更となり、作品として公開したいときや、資料、商品イメージなどに使えるようになった。

    なにせロゴが入っているかどうかで見た目は大きく変わるから。

    ただし、ここで少しややこしいことがある。

    ロゴを消すことと、AI生成を示す情報を消すことは同じではないということ。

    GoogleはGeminiで、目に見えるウォーターマークとは別に、SynthIDやContent Credentialsといった仕組みを使っていて、ウォーターマークの表示をOFFにしても、これらまで無効になるわけではない。

    「透かし」という言葉が、少しややこしい

    混乱しやすい理由は単純で、どちらも「透かし」と呼ばれるから。

    ひとつは、人が見ればすぐ分かるロゴ。

    もうひとつは、人間には見えないデジタルウォーターマークであるSynthID。

    さらに、コンテンツの出所や履歴を扱うC2PAのContent Credentialsもあり、Googleの説明では、Geminiの検証機能はSynthIDとContent Credentialsを利用しているようだ。

    SynthIDはGoogleのAIモデルで生成・編集されたコンテンツを識別するための見えないウォーターマークで、Content Credentialsはコンテンツの作成元や履歴を記録する「デジタルパスポート」のような仕組みだ。

    つまり、「右下に何もない画像」と「AI生成の情報が何もない画像」は全くの別物で、ロゴは「見るため」、SynthIDは「調べるため」。

    見えるウォーターマークの強みは、とにかく分かりやすいことで、画像を見た人が、その場でAI生成だと判断することができ、専用の確認機能を使う必要もない。

    その代わり、当然ながら作品そのものに入り込むことになる。

    写真風の画像や広告素材、デザイン、動画などでは、右下の小さなロゴでも気になるし、画像を切り抜いたり加工したりすれば、見えなくすることも可能だ。

    しかし、SynthIDは発想が違う。

    人間の目には見えない情報をコンテンツ自体に埋め込み、あとから検証できるようにする。

    Googleによれば、サイズ変更、色の変更、圧縮などを行ってもSynthIDは通常残るようで、何度も加工された場合などでは、検出できなくなる可能性はあるようだ。

    だから、右下のロゴがなくなったからといって、SynthIDまでなくなったわけではなく、Content Credentialsも別に存在している。

    さらにややこしくしてくれる、C2PAのContent Credentialsは、SynthIDとは役割が異なっていて、SynthIDがGoogle AIによる生成・編集を検出するためのウォーターマークなのに対し、Content Credentialsはコンテンツの出所や編集履歴などを扱う仕組みとなっている。

    GeminiではContent Credentialsが含まれているコンテンツについて、メディアの構成、編集履歴、AIが使われたかどうかといった情報を確認することができる。

    なので「AI画像を見分ける仕組み」がひとつだけ存在しているわけではなく、「見えるロゴ」「見えないSynthID」「来歴を扱うContent Credentials」という似た目的を持ちながらも、それぞれ役割が違うものが存在している。

    OFFにできるのは「見える部分」

    今回の設定変更で利用者が選べるようになったのは、基本的にこの中の「見えるウォーターマーク」。

    Gemini側も、見えるウォーターマークをOFFにしても、見えないSynthIDやC2PAの情報は残ると案内しているし、この設定を「AI生成情報を削除するスイッチ」だと考えるのは間違い。

    どちらかといえば「AI生成物であることを、作品上で常に見せるかどうかを選ぶ設定」と考えたほうが実態に近いだろう。

    ロゴを残せば、見る人にはすぐ伝わるし、消せば、画像や動画としてはすっきりする。

    ただし、裏側の検証手段まで一緒に消えるわけではないし、「SynthIDなし=人間が作った」ということでもない。


    そして覚えておきたいのが、SynthIDで分かる範囲で、GeminiでSynthIDが検出された場合、その画像や動画の全部または一部がGoogleのAIモデルで生成・編集されたことを示している。

    だからといって、SynthIDが検出されなかった場合でも「人間だけで作った」と証明されたことにはならない。

    Google自身も、SynthIDが検出されなかったコンテンツについて、別のAIシステムで作られた可能性があるとしているし、GeminiがSynthIDによって認識できるのはGoogle AIツールで作られたコンテンツが基本だ。

    ここはAI画像を見る側にとっても大事なところで「検出された=Google AIが関わっている」というのは判断材料になるが「検出されない=AIではない」とは断定できない。

    AI生成物を一発で白黒判定する万能な仕組みではないし、画像を作る側にとっては、むしろ分かりやすくなっただけ。

    今回の変更は、AI生成の痕跡を消せるようになったというより、作品の見た目と、検証の仕組みが分離されたと考えると分かりやすい。

    これまではAI生成を示す仕組みが、そのまま作品上のロゴとして見えていたが、これからは、ロゴを表示するかどうかを利用者が選べるようになり、その一方で、AI生成コンテンツの出所をあとから確認するための仕組みは残っている。

    ネット上ではこれから、「AIのロゴが付いていないAI画像」を見る機会も増えていくだろう。

    だから、右下を見るだけではAI生成かどうかは分からない。

    ただ、それは「何も記録されていない」という意味でもない。

    AI生成物の表示は、目で見て判断するものから、必要になったときに来歴を確認するものへと少しずつ分かれてきている。

    今回のGeminiの設定変更は、その違いがかなり見えやすい例と言える。

    見えない透かしは無効にならない
  • AIで時短したのに、「楽」は三日で消えていた

    AIで時短したのに、「楽」は三日で消えていた

    草案を開くと、以前よりずっと分厚い文章が並んでいる。

    AIに記事の下書きを頼むようになってから、出てくる分量はこれまでの三倍以上になり、その内容も、自分一人で書いていた頃より濃いことが多い(悔しいことだが)。

    だから最初の数日は、素直に「楽になった」と感じていたし、こんなに楽になって質の高いことができていいんだろうか?なんて思ったりもした。

    でも、その感覚は三日で消えた。

    理由ははっきりしていて、これまで自分一人でこなしていた作業量が、AIの参加により一気に増え、そのAIの作業量が自分の判断量をはるかに上回っているからだ。

    ライターとして自分の手で書いていた頃は、書く作業そのものに時間がかかる代わりに、調べたのも自分なわけだから書き終えれば一区切りつけることができた。

    すべてが同じ流れで動いていたので、始まりと終わりがわかりやすかった。

    しかし今は、下書きを受け取ってからが本番になるわけで、事実に間違いがないか確かめ、AIっぽい言い回しを削り、文章の調子を整える。

    以前より濃い内容を三倍読むということは、以前より濃い判断を三倍下すということでもある。

    役割も大きく変わり、全て自分でやっていたものが、草案を書くのがAI、それを確かめて直すのが自分になった。

    普通に考えて、全部一人でやっていたもののうち、草案を考えなくてよくなるわけだから、楽になるはずだったが・・・。

    ライターから編集者への切り替わりは意識して選んだわけではなく、気づけばそうなっていた。

    判断の回数が増えるのは当然だとしても、厄介なのはそこではなく、ハルシネーションのチェックが、いつの間にか大きくなっていることだった。

    最初「AIは間違わない」という前提で接していたところ、驚くような嘘情報を平気で出してくることに気づいた。

    それを指摘すると平然と「ああ、そうでした。それは間違いでした」と開き直ってくるうえ、その次も同じようなことをする。

    AIとの作業においては、確認という一番大事な工程が重くのしかかってくる。

    時短のために導入したはずの仕組みが、時短の名目のまま別の負荷を生みだし、人間の脳を酷使し始める。

    そもそも、AIに任せてすんなり終わる作業がないわけではない。

    アイディア出しや一回きりの草案づくりまでならむしろ早く片づくといってもいい。

    苦労するのは、それを毎日続けたときだ。

    同じ切り口を求め続けると、AIは同じような答えを繰り返すし、違う視点を自分から持ち込まなければ、出てくるものが均質になっていく。

    一回で終わる作業と、日々積み重ねる作業とでは、AIとの付き合い方がまるで別物になる。

    一日の作業量が三倍になったという言い方は、比喩ではなく実感に近い。

    以前なら一区切りついたところで休憩を挟めたが、今はその区切りがなくなり、終始AIに煽られているといってもいい。

    草案が途切れず出てくるので、確認の手を止めるわけにいかないのだ。

    1単体の作業であれば、それは時短できているといってもいい。

    しかし現実は、1日の作業量が増えるだけだから、人間に「楽」は生まれてこない。

    「時短」という言葉が指しているのは、あくまで一つの作業にかかる時間の話であって、一日の総量や休憩の有無までは保証していない。

    草案を開くたびに感じていた「早くなった」という手応えは、今も嘘ではない。

    しかし、毎日の継続ともなると、AIに作業を依頼しておいたほうの人間側が「作業」させられているという感覚になってくる。

    「確認」という新しい仕事は、想像以上に脳を疲弊させる。

  • 夏は暑さだけで疲れているわけじゃない。冷房と外気を往復する体の話

    夏は暑さだけで疲れているわけじゃない。冷房と外気を往復する体の話

    外に出た瞬間、まとわりつくような熱気。

    駅まで歩くだけで汗をかき、電車に乗ると一気に冷える。

    駅を出ればまた暑く、会社に着けば今度は冷房。昼休みに外へ出て、コンビニや飲食店に入ればまた体が冷える。

    考えてみると、今の夏は「暑い場所で一日を過ごす」という感じではなく「暑い、冷える、暑い、また冷える」を繰り返している日々になっている。

    一日の中で何度も繰り返されていて、朝は元気だったのに、午後になると妙に頭が重い。肩がこわばる。なんとなくだるい。手足だけ冷えている。

    そんな夏の不調は、単純に「暑さにやられた」だけではない。

    今の夏は、体が何度も温度調整をしている。

    人の体は、体温を一定に保つために細かな調整を続けていて、暑い場所では皮膚の血管を広げて熱を逃がし、寒いと感じる場所では血管を縮め、熱が逃げすぎないようにする。

    この調整に関わっているのが自律神経。

    福井赤十字病院脳神経内科の早瀬史子医師は、猛暑の屋外と冷房の効いた室内を何度も行き来することで自律神経に負担がかかり、頭痛やめまい、ふらつき、倦怠感、手足の冷えなどにつながることがあると説明している。

    いわゆる「クーラー病」と呼ばれる状態。

    ただし、クーラー病という正式な病名があるわけではなく、冷房や大きな温度差に関連して起きるさまざまな不調を、まとめてそう呼んでいる。

    ここで少し見方を変えると問題は「冷房が悪い」ということではない。

    猛暑の日に冷房を使わないほうが、むしろ危険な状態になるので、気にしておきたいのは、自分の体が一日の中で何回、暑さと冷えの切り替えをしているかだ。

    「設定温度」だけでは解決しにくい

    オフィスの冷房が寒いと、「設定温度を上げたい」と思うが、職場や商業施設では、自分だけで温度を決められないことも多い。

    隣の人は暑がっているのに、自分は寒い。

    窓際は暑いのに、冷風が当たる席だけ寒い。

    こうなると「何度が正解なのか」という話だけでは解決しにくい問題になってきます。

    そこで現実的なのが、空間全体を変えようとするより、自分の体に冷えをためない工夫を持っておくこと

    冷風が直接当たるなら、風向きを変えるようにして、可能なら席を少しずらすことも考えるべき。

    首や肩、お腹、足元が冷えやすいなら、薄手のカーディガンやストールを一枚置いておく。

    夏なのに羽織りものを持ち歩くのは少し妙な感じもするが、外気温が高いほど、室内との落差は大きくなりやすい。

    結局のところ、外にいるよりも、どこかしらの屋内で過ごすことのほうが時間的に長くなるのだから、夏の羽織りものは必須といってもいい。

    「暑さ対策」と「冷え対策」を同時に持つ。

    今の夏は、これまでの「夏」とは違う。

    夏に羽織ものでちょうどいい。

    午後の頭重感は、仕事疲れだけとは限らないし、冷房の効いた部屋に長くいると、肩や首まわりが冷えて、筋肉がこわばっていることもある。

    ずっとパソコンを見ている仕事なら、なおさら気づきにくい。

    そんなときは、座ったまま肩を前後に回したり、肩甲骨を意識して動かしたりするだけでも、固まった体を動かすきっかけになる。

    休憩のついでにゆっくり呼吸する。

    冷たい飲み物ばかり続いているなら、温かい飲み物を選ぶこともできる。

    どれも「夏バテを一発で解決する方法」ではないが、そのくらい小さいなことをやっておいたほうがいい。

    仕事中に毎回きちんとストレッチをするのは難しいし、外出するたびに体調管理を考えているのも疲れる。

    だから、冷房の強い場所に入ったら一枚羽織ればいいし、午後に頭が重くなったら肩や頭を回したり、席を立つことだけでもいい。

    休憩するときには呼吸を少しゆっくりする。

    考えなくてもできる程度の対策をいくつか持っておくこと。

    夏の体調管理は、そのほうが続けやすいし、体調の変化を全部「夏だから」で片づけない。

    もちろん、頭痛やめまい、だるさの原因がすべて冷房や温度差というわけではないが・・・。

    そして、症状が長引いたり、普段より強かったりするなら、「クーラー病だろう」と自己判断だけで済ませず、医療機関への相談も考えたい。

    夏はどうしても、不調の理由をひとまとめにしやすい。

    • 寝不足かな
    • 夏バテかな
    • 仕事で疲れているだけかな

    もちろん、それもあるのかもしれないが、ただ、一日の行動を思い返してみると、別の見え方もうまれてくる。

    • 朝、自宅から駅まで歩いた。
    • 電車で冷えた。
    • 駅から会社までまた暑かった。
    • オフィスで数時間冷えた。
    • 昼食で外に出た。
    • 店に入ってまた冷えた。
    • 午後も冷房の中で仕事をした。

    こうして並べると、体は思っている以上に忙しい。

    「今日は何回、暑いと寒いを往復しただろう」

    猛暑の夏に、エアコンを避けて生活するのは現実的ではないし「冷房を使うか、使わないか」で考えなくていい。

    むしろ、自分が一日の中で、どれくらい温度差のある場所を行き来しているかに注目してみるといい。

    • 午後になると頭が重い日
    • 会社にいると妙に肩がこる日
    • 帰宅するとどっと疲れている日

    そんなときは、その日の「暑い→冷える」の回数を少し思い出してみる。

    そこに心当たりがあるなら、次の日から首元を守る一枚を持っていったり、冷風の当たり方を変えてみたり、体を少し動かしてみたり。

    夏の不調には、原因をひとつに決めきれないものも多いが、それでも、自分の一日を見直すことで、「何を少し変えればいいか」は見つけやすくなる。

    今年の夏は、暑さだけではなく、暑さと冷えの往復回数も体調を見る目安のひとつにしてみてもいい。