比較しないと買えないのに、比較したら買えなくなる

迷い

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休日の家電量販店で、イヤホン売り場の前に立ち止まる。

数年前なら、もう少し簡単に選べた気がする。

音が好きそうとか。
見た目がいいとか。

そんな理由で十分だった。

今はまず価格を見て、レビューを見て、そのあと比較記事を見ることが当たり前に。

比較記事を読んだ後は、動画を検索し、使用感などを確かめ、さらにSNSを検索。

購入するまでに一体どれくらいの時間をかけているのか・・・。

しかし、それだけ見ても、購入の決定打があるわけでもなく、むしろ最初より迷っていたりする。

不思議な感じ。

比較というのは、本来は決めるためにするものだったはず。

AとBを並べ、どちらかを選ぶという、たったそれだけの話。

ところが今は、比較を始めると比較対象が増え、ランキングを見て、そのランキングの根拠を確認し、その根拠への反論を見る。

そして、別のランキングも確認し、気づくと最初に見ていた商品が何だったのか少し曖昧になり、違った製品が浮かび上がっていたりする。

終わりはどこか?

「もう少し調べたらもっといいものがあるかも」という感覚が購入を鈍らせる。

通販サイトの「お気に入り」に入ったままの商品もそれに似ていて、欲しくないわけではないし、予算オーバーでもない。

ただ、まだ決まっていない。

決める理由より、決めきる理由が足りず、そんな状態のまま数週間経つこともあるし、忘れてしまうことも・・・。

最近の買い物は、商品を探しているというより、「納得」を探している感覚に近いのかもしれない。

しかも厄介なのは、納得を得るために比較を始めたのに、比較を続けるほど納得が遠ざかることがあること。

  • レビュー件数
  • 評価点
  • 比較表
  • おすすめランキング

情報は増え続ける一方で、「これでいいか」という感覚はなかなかやって来ない。

どれを選んでも十分そうに見えるからなのか?どれを選んでも後悔しそうに見えるからなのか?

その両方なのかもしれない。

これは、家電だけの話ではなく、サブスクも保険も投資も、最近は何かを選ぶたびに比較がついて回る。

比較しないと不安になるが、比較すると決められなくなる。

その往復を繰り返しているうちに、買い物そのものより判断のほうが疲れる。

休日の売り場で立ち尽くしている人を見ると、ときどき思う。

あの人も商品を見ているようで、実は「後悔しない選び方」を探しているのかもしれない。

そしてたぶん、それは自分も同じだ。

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