手のひらを縦にして、頭の上に突き出してみる。
スポーツなどでよくみかけるこのポーズ、真っ先に思い浮かべるのは「サメ」だけど、なぜシャチでも、イルカでもないのか?
背びれのある海の生き物はいくらでもいるのに、「あの形」を見ると、ほとんどの人はサメを思い浮かべるはず。
おそらく、その元ネタのひとつは映画の「ジョーズ」にあるんだろう。
海面からひょっこり現れる背びれ、迫ってくる恐怖のイメージ。
でも、自分の中でサメの背びれは「恐怖」を感じるものではなく、どこか、かっこよさがつきまとっている。
実際にみたら怖いはずだが、スポーツ選手が手でポーズをする場合は、「かっこいいポーズだ」と思ってしまう。
しかし、この「かっこいい背びれ」、冷静に考えると不思議なもので、実際の海だと、背びれを持っているもので強いのは、サメよりもシャチなはず。
観点を変えて「かわいい」で言えば、イルカのほうが断然愛されている。
それでも、背びれのイメージが強いのはサメだ。
サメはシャチよりも弱いくせに、なぜかかっこいいし、デザインとして使えるよね、とさえ思う。
そもそも自分がサメを知ったのは小さい頃で、絵本やテレビ、おもちゃの世界で「サメ」は早くから顔を出していた。
一方「シャチ」の存在を知ったのは、もっと後になってから。
図鑑や番組で「実はシャチの方が強い」と知った時には、ちょっと落ち込んだものだ。
とはいえ、そのときにはすでに「背びれの形」はサメのものとして、頭の中にインプットされているから、そこからシャチのイメージへと変わることはない。
「危険」という観点からみても、自分の中では、サメに対して「危険」という感覚はなく、サメの背びれを見ても「襲われる」「危ない」と身構えるより先に「クール」「シャープ」という印象が立ち上がる。
人がサメを象徴するポーズとして手のひらを頭に翳すのはかっこいいし、Tシャツなんかもシャチよりもサメのほうが断然クールに見える。
つまり「象徴の座の取り合い」は、強さやかわいさではないのだろう。
強さでいえばシャチ、かわいさでいえばイルカ。
それなのに、背びれという記号はサメがしっかりと押さえている。
「強さ」と「かわいさ」の両方で劣っているにも関わらず、なぜかサメには「見た目の勝利」があるのだろう。
まぁ、巨大でどっしりしたシャチより、シャープなフォルムのサメのほうが、ロゴやポーズにしやすいし、かっこよさを象徴することができますからね(強いうえに賢いシャチは、過小評価されすぎという声も・・・。)
「背びれのイメージはサメ」というのは、数字や生態には一切関係ない。
そこにあるのは、ポーズを真似したときのクールさや、プリントTシャツを見たときの「これはサメだとわかる」安心感。
海面に突き出た三角形を見た瞬間「サメ!」と即答できる感じ。
本当は、自分が知らないところで、シャチの背びれがもっと活躍しているのかもしれないし、サメがかっこよく見えるのも、単に自分がそういうデザインを好むだけだからかもしれない。
それでも、手のひらを頭に立てたとき、最初に浮かぶのが「サメ」というのは、多くの人の感想なのではないだろうか?
なんだったら、映画「ジョーズ」の音なんかを付け足したくなるし。
「サメは弱いくせにシャチよりもかっこいいし、デザインとして使えるよね」と思ってしまう、この小さなねじれ。
「現代人の違和感を整理するサイト」
現代人の説明しにくい違和感を、整理して言語化する。

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