「ググる」前にAIへ聞く時代。私たちの調べ方はどこまで変わるのか

GoogleとAI

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少し前まで、わからないことがあれば検索窓を開くのが当たり前で、パソコンでもスマホでも、とりあえず検索する。

キーワードを考えて、検索結果を見て、いくつかの記事を開き、比較し検討したもの。

その流れが、いつの間にか身体に染み付いていたのだが、最近は少し違う。

何か気になったとき、検索エンジンより先にAIを開く人が増えていて「まず聞く」という行動が自然になり始めている。

「まず検索」が当たり前だった時代

検索エンジンは長い間「情報への入口」であったとはいえ、意外と手間の多い行為でもあった。

どんな言葉で探すか考え、検索結果から良さそうなページを選ぶ。

そして、広告や関係の薄い記事を避けながら読んでいき、自分に必要な情報を組み合わせ、結論を出す。

「検索」とは、情報を探す作業であると同時に、情報を選別する作業でもあり、だからこそ検索が上手い人と苦手な人の差も存在していた。

AIは検索の代わりなのか?

AIが広がったことで変わったのは、情報そのものではなく、入口への形で、「検索」ではキーワードを入力するが、「AI」には質問を投げかける。

この違いは小さく見えるが、その回答の差はかなり大きい。

「検索」は情報源を探す仕組みである一方、「AI」は答えをまとめて返す仕組みに近い。

旅行先を調べる場合も、これまでの「検索」であれば「京都 観光 おすすめ」と入力し、出てきた結果の中から複数の記事を読んでいく。

しかし、いまの「AI」であれば「京都へ1泊2日で行くならどこを回る?」と「AI」に人と同じ会話レベルで聞く。

人は情報収集をしているつもりでも、実際には答えを受け取っている。

調べるという行為そのものの形が変わっているわけだ。

「情報を探す」から「答えを受け取る」へ

ここで起きている変化は、効率化だけではなく、知識との付き合い方そのものが変わっているとも言える。

検索の時代は「複数の情報を見て自分で判断する」ことが前提だったが、AIの時代は「まず要約された答えを受け取る」ことが前提となる。

もちろん、これは大変便利なことには間違いない。

短時間で概要がわかるし、比較もでき、整理もしてくれる。

ただ、その便利さの裏側で「自分で情報を拾い集める経験」は減っていく。

これは良い悪いという話ではなく、単純に行動様式が変わっているという話だ。

若い世代ほど検索を使わなくなるのか

興味深いのは、これからスマホやAIを当たり前の環境として育つ世代だであり、彼らにとっては「検索してサイトを渡り歩く」こと自体が面倒な作業に見えるだろうし、そもそもそんな存在すら知らなくなる可能性もある。

携帯電話の世代が、ダイヤル式の電話機の使い方がわからないのと同じように・・・。

実際、動画で調べる人が増えたときも同じことが起きた。

検索エンジンで記事を読むより、動画で説明を見たほうが早いし、読むよりも音声で聞いたほうが理解は速く、そういった意味でもYouTubeやSNSが検索の代わりになっていった。

これはAIにも当てはまる。

人は常に「より少ない手間で理解できる方法」を選ぶからこそ、その流れの先に「AI」が存在している。

「自分で調べる力」は消ていくのか?

こんな話になると「AIばかり使うと考えなくなるのでは」という不安も出てくる。

確かに、情報源を確認する習慣や比較する習慣は弱くなる可能性はあるが、実際、これまでも誰もが検索を上手く使えていたわけではない。

「検索技術」が重要だった時代から、「質問する技術」が重要な時代へ移っているとも言える。

  • 何を聞くか
  • どこまで深掘りするか
  • 返ってきた答えを疑うか

そうした能力はむしろ重要性を増しており、調査能力が消えるというより、求められる形が変わっていくのだろう。

変わっているのは知識ではなく入口。

AIが普及しても、人間が何かを知りたいという欲求はなくならない。

ただ、その入口が変わってくるだけで「検索窓から入るか」「チャット画面から入るか」だけの違いとなる。

いま起きているのは、その切り替わりの途中であり、多くの人がまだその変化のド真ん中にいる。

検索も使うし、AIにも聞く。

どちらが正しいというより、用途によって使い分けている人々も多く、ただひとつ確かなのは、「ググる」が当たり前だった時代の感覚が、少しずつ過去のものになり始めていること。

そして私たちは今、「調べる」という行為そのものが書き換わる瞬間を体験しているのだ。


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